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未幡『私の百合はお仕事です!』――姉妹制度が織りなす百合模様を堪能しませんか?

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私の百合はお仕事です!


 基本情報

 

『私の百合はお仕事です!』

著者:未幡

掲載誌:コミック百合姫

レーベル:YURIHIME COMICS(2019年10月現在既刊5巻)

ジャンル:「百合」「姉妹制度」「学園」「ディスコミュニケーション

白木陽芽は、誰からも愛されるように振舞う高校1年生。

ある日、不注意によって通りすがりのカフェの店長・舞に怪我をさせてしまい、陽芽は代役として「カフェ・リーベ女学園」の店員になることに。

そこはお嬢様学校の学生に扮した店員同士が、姉妹(シュヴェスター)となり清らかに美しく給仕するサロンだった。

陽芽はそこで一人の女生徒・美月を「お姉さま」と読んでしまい……

 〔第1巻裏表紙より〕

作品紹介 | コミック百合姫 | 一迅社

この時点で気になった方は下記サイトより試し読みしてみてください!

comic.pixiv.net

 

 

あらすじ

 

この作品の主人公・白木陽芽(しらき・ひめ)は、可愛い容姿と愛らしい振る舞いから誰からも好かれる高校1年生です。しかし、彼女の言動はすべて演技(ソトヅラ)なのです。それもこれも、すべては億万長者と結婚して玉の輿に乗るため!

 

そんな彼女はある日、アクシデントで一人の女性を怪我させてしまい、その代わりとしてカフェの店員を勤めることになってしまいます。

そこは、「リーベ女学園」というコンセプトカフェなのですが、ここで働く店員は、架空のお嬢様学校の生徒を演じなければなりません。ここは学園の来訪者用の応接間(サロン)であり、生徒が接客を行うのです。ここで働く生徒は少女漫画のようにきらびやかに振舞わなければならないのです。

 

このようなカフェで陽芽は普段通りの演技で一日を乗り切るのですが、一つだけ失敗をしてしまいました。それは、同じくカフェで働く綾小路美月(あやのこうじ・みつき)のことをお客の面前で「お姉さま」と呼んでしまったことです。小柄で愛らしいルックスの陽芽からすれば、長身黒髪ロングの優しそうなお姉さんに見えた美月を、お嬢様学校っぽく「お姉さま」と呼ぶのは自然なことだったのかもしれませんが、しかし、我々読者の期待通り、ここでは「お姉さま」は特別な意味を持ちます! 「お姉さま」は姉妹の契りを結んだ妹が姉に呼びかける言葉なのです!!

 

作中において「リーベ女学園」の「姉妹(シュヴェスター)制度」は以下のように説明されています。

シュヴェスター【(独)Schwester】

姉妹の意味。姉妹のごとく特別に親しい関係を約束した上級生と下級生のこと。姉妹になった二人は、あたかも姉妹のごとく支え合い学園生活を過ごす。揃いのクロイツ〔十字架〕をお互いが交換することで姉妹の契りは交わされ、その証としてクロイツを身につけ続ける。リーベ女学園の伝統である。〔中略〕

「タイが曲がっていてよ」と妹の身だしなみを整える。「有難うございます、お姉さま」と妹もこたえる。姉妹とはそんな関係のこと。

 〔第1巻46-47頁より〕

 

一日目の勤務で陽芽が美月のことを「お姉さま」と呼ぶものだから、ネットでは「あの二人はもうじき姉妹になるのでは?」などと噂されてしまいます。そこで店長は二人に姉妹となることを提案しますが、美月はなぜか頑なに断ります

しかし、誰からも好かれることを信条とする陽芽にとってこのような事態は看過できません。そこで陽芽は給仕中に攻勢を仕掛けます。「じゃあなんでこのクロイツ、受け取ってくれなかったんですか?」と。

この言葉にカフェ中は色めき立ってしまいます。期待に沸くお客の面前で美月は姉妹の契りの申し出を断れるはずがなく、こうして二人はなし崩し的に姉妹となったのです!

 

姉妹となった二人はカフェで仲睦まじい様子を見せますが、しかし、なぜか美月はバックヤードでは陽芽に対して「あんたのことなんて大嫌いよ」「ちゃんと妹やりなさいよアンタ」などと厳しい言葉を投げかけます。陽芽の演技(ソトヅラ)は完璧なはずなのに、どうして美月は陽芽に対してこんな態度を取るのでしょうか? 誰に対しても通じてきた陽芽の演技(ソトヅラ)はなぜ美月には通用しないのでしょうか?

 

――こうして、第1巻~第2巻では、陽芽美月の関係を中心として物語が進んでゆきます。そして第3巻~第4巻では、二人の関係に陽芽の唯一の友人である果乃子やカフェの先輩である純加が深く関与してゆきます。波乱含みの百合模様をご堪能あれ!

 

 

おすすめポイント――姉妹制度が織りなす百合模様を堪能しませんか?

 

1.『マリア様がみてる』の正統派後継作品

 『私の百合はお仕事です!』は、姉妹(シュヴェスター:独語)制度を設定として取り入れていますが、これは明らかに、今野緒雪マリア様がみてる』(コバルト文庫姉妹(スール:仏語)制度に由来しています(もっと遡れば、戦前の「S(エス)」(sisterの頭文字)になりますが)。

 マリア様がみてるは、言わずと知れたゼロ年代百合作品の金字塔で、その後の百合ブームの立役者となりました。

しかし、(私は百合作品に詳しくないので勝手な肌感覚ですが)マリア様がみてる以降の百合作品で明確に「姉妹制度」を取り入れたものは意外に少ないように見受けられます。特に最近は、「音楽(アイドル)」「日常系」「バトル」「SF」といった要素に百合が組み合わされている作品がトレンドのような気がします。このような傾向も、専門漫画誌ができるほどに百合というジャンルがメジャー化し、多種多様な作品が生まれてゆく中では当然なのかもしれません。そもそも、マリア様がみてるの多大な影響のために気付かなかっただけで、むしろ「姉妹制度」が特殊な設定なのかもしれません。

そんな中、『私の百合はお仕事です!』は、(単なる「お姉さま」呼びにとどまらず)作中世界の公式設定としての「姉妹制度」を真正面から取り入れているのです。厳密に言えば、この作品における「姉妹制度」はコンセプトカフェの中だけなのですが、しかし、姉妹制度」が登場人物の人間関係の基本となる点において、『私の百合はお仕事です!』マリア様がみてるの遺伝子を受け継いでいると言えるでしょう。姉妹制度の織りなす百合を堪能したい方におすすめの作品です!

 

 

2.姉妹制度ならではの百合模様

通常の学生同士の百合作品であれば、「これは友情か恋愛感情か」といった形で気持ちが揺れ動くのが醍醐味ですが、『私の百合はお仕事です!』のように作中で公式に「姉妹制度」を取り入れている作品においては、「姉妹愛」という要素が入り込んできます。

姉妹制度」による姉妹関係は多義的であり、「姉妹愛」の外観の下には様々な感情が隠されています。たとえば、

  • 特別な友人関係としての「姉妹関係」(男性同士が義兄弟になる三国志のパターンと同じ)=【友情としての姉妹愛】
  • 義理の姉妹としての「姉妹関係」(それぞれの親が再婚して連れ子同士が血の繋がらない姉妹となったパターンと同じ)=【家族愛としての姉妹愛】
  • 恋愛関係としての「姉妹関係」=【恋愛感情としての姉妹愛】

を基本類型として、色々なパターンが考えられます。また、これらのパターンの間を行ったり来たりしたり、当事者が自分たちの関係性に無自覚であったりするなど、二人の関係性は当事者によって千差万別です。

特に、この作品では、姉妹となる当事者のためというよりも、「カフェ・リーベ女学園」の来店客を喜ばせるために「姉妹関係」が結ばれる側面がありますから、なおさら姉妹関係という外観の下には複雑な心情と人間関係が隠されていることになります。

要するに、『私の百合はお仕事です!』では、「姉妹関係」が取り入れられた結果として、より複雑で濃密な人間関係、もとい百合模様が描かれているのです!

 

 

3.ディスコミュニケーションを生み出す巧みな設計

人間関係におけるディスコミュニケーション(相互不理解)を扱う作品では通常、【本心】【言動】のズレから人間関係における葛藤が生まれます。

しかし、『私の百合はお仕事です!』【表舞台】【舞台裏】【本心】三層構造になっており、この構造がディスコミュニケーションの複雑な様式を生み出しているのです。

「カフェ・リーベ女学園」という第三者が見ている【表舞台】において、陽芽と美月は、それぞれの【本心】がどうであれ、お客の面前では仲の良い姉妹を演じなければなりません。しかし、カフェのバックヤードという当事者だけの【舞台裏】となれば、美月は陽芽に厳しい言葉を投げかけます。そんな美月の【表舞台】【舞台裏】とで異なる言動に、美月の【本心】はどこにあるのか分からず陽芽は翻弄されます。

しかし、美月は美月で、とある出来事から、【表舞台】でも【舞台裏】でも愛らしく振舞う陽芽の【本心】の所在を疑わしく思っており、こちらも同様に翻弄されます。

しかも、【本心】【表舞台】での言動にまで波及してしまう事態も起きてしまいます。二人の関係はいったいどうなるのでしょうか――?

とまあ、このように、「カフェ・リーベ女学園」というコンセプトカフェの設定によって、この作品は複雑なディスコミュニケーション構造を獲得しているのです。『私の百合はお仕事です!』は、百合という要素を抜きにしても、ディスコミュニケーションを扱った作品として一級品と言えるでしょう。

 

また、この作品のディスコミュニケーション構造にもう一味加えるのが、陽芽の「誰からも好かれるように可愛く振舞う演技をして、素は誰にも見せない。素を知っているのは唯一の友人の果乃子だけ」という信条です。

この設定は、陽芽と美月の関係(第1巻~第2巻)において十分に活用されているのですが、果乃子をめぐる人間関係(第3巻~第4巻)においても十二分に活用されています(むしろ後者の方で本領を発揮しています)。

 

『私の百合はお仕事です!』では、「コンセプトカフェ」「姉妹制度」「誰からも好かれるように振舞う陽芽の演技」「陽芽の友人は果乃子だけ」などの要素が組み合わされ、少女たちの愛と葛藤に溢れた百合模様が描かれるのです。

 

 

ここまで読んで気になった方は、下記サイトから試し読みを!

comic.pixiv.net

 

 

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マリア様がみてるしかり、『私の百合はお仕事です!』しかり、姉妹制度は百合作品のための架空の設定、あるいは戦前に存在した過去の遺物だと思っていませんか? しかし、驚くべきことに、姉妹制度現代日本に実存しているらしいのです。かなり面白い内容なので、経験者の証言記事をぜひ読んでみてください!

dailyportalz.jp

 

この記事を書いている途中、姉妹(スール)制度を題材とするカヌレ スール百合アンソロジー』(YURIHIME COMICS)という攻めたテーマのアンソロジー漫画が存在していることを知りました!

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