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「令和ちゃん」と元号と天皇――「令和ちゃん」は天皇制を変質させるか?

元号「令和」

 

 皆さんは「令和ちゃん」というキャラクターをご存知でしょうか?

 「令和ちゃん」とは、元号「令和」を擬人化したキャラクターであり、主にTwitter上で見られるネット用語です(令和ちゃんとは (レイワチャンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科)。

 初登場は新元号「令和」が発表された直後らしいのですが、それ以降は、夏冬が長くなり春秋が短くなった近年の天候に関連して言及されることが多いようです(特に季節の変わり目に厳しい天気になると「令和ちゃん」がTwitterでトレンド入りしている印象です)。

 単に「令和ちゃん」と文字だけで言及される場合もあれば、「令和ちゃん」のキャラクター画像も添えられて言及されることもあります。その場合、このキャラクターは少女であることが多いようです。

 この記事では、この「令和ちゃん」と元号天皇制について、雑考を記したいと思います。

 

 

「令和ちゃん」の擬人化による「令和」の脱天皇化?

 さて、このように元号「令和」は擬人化され「令和ちゃん」として扱われているのですが、ここで奇妙なことに気付きませんか?

 日本においては西暦645年の「大化」以来の歴史がある元号ですが、明治以降は「一世一元」となっています。つまり、元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」元号法2項)ことになっています。

 もともと、中国に由来する元号制は天皇が時間をも支配する」という思想に基づくものですが、「一世一元」の下で各天皇とそれぞれの元号が一対一対応することにより、ある天皇とある元号が強く結びつくことになりました。その結果、明治期の天皇明治天皇、大正期の天皇大正天皇、昭和期の天皇昭和天皇と呼ばれることになります。

 このように一世一元が採用されている現代においては、元号はその時代の天皇と強く結びついていると言えます。そうであれば、天皇制・元号制を採用する現代日本において、各時代の元号から真っ先に想起すべき人物とは、その時代の天皇にほかならないはずです。

 

 しかしながら、「令和ちゃん」は、このような状況に重大な変化をもたらしたように見受けられます。つまり、(Twitterを中心とするネット空間に限られた話かもしれませんが)「令和」という元号から想起されるのは、今上天皇徳仁天皇)ではなく、「令和ちゃん」になっているのです。

 そもそも、「令和ちゃん」という用語を使用する人々は、その使用に際して、今上陛下のことはまったく念頭にないかもしれません。私個人の感覚としては、上記で指摘した天皇元号の結びつきを踏まえれば、元号天皇以外の人物と結びつける元号擬人化には躊躇を覚えます。

 

 いずれにせよ、少なくともネット空間においては、元号天皇の結びつきが弱まっていると言えるのではないでしょうか。言い換えれば、元号が脱天皇化している」のではないでしょうか。このような意味において、一世一元によって元号と密接に結びついた現代の天皇制を「令和ちゃん」は変質させている可能性がある、と私は指摘したいのです。

 ちなみに、元号の擬人化は「令和ちゃん」に限定されていません。令和から遡って、平成・昭和・大正・明治にまで擬人化が及んでいるようです。

 

 

「令和ちゃん」誕生の要因

 ここまでは元号の脱天皇化現象を指摘してきましたが、ここからはその要因を探りたいと思います。つまり、令和になってから元号が擬人化されるようになった(つまり「令和ちゃん」が誕生した)理由は何なのか、について考察したいと思います。

 

前提条件――インターネットの普及

 まず、そもそも「令和ちゃん」がネット用語として誕生・発展したという経緯からすれば、インターネットの存在は「令和ちゃん」誕生の前提条件であると言えるでしょう。

 インターネットが存在していなかった/一般に普及していなかった平成前期までは、この前提条件はそもそも満たされていなかったでしょう。この前提条件が十分に満たされるようになったのは、インターネットが一般に普及し、TwitterなどのSNSが広範に使用されるようになった2010年代以降でしょう。この時期に令和への改元がちょうど該当したために、「令和ちゃん」が誕生したのではないでしょうか。

 もちろん、口頭(演説・井戸端会議)・出版(新聞・雑誌・ビラ)・放送(ラジオ・テレビ)・映像(映画・ビデオ)などの各種媒体は以前から存在していました。そのため、このような媒体によって元号の擬人化が広まった可能性があったと言えるかもしれません。しかしながら、「令和ちゃん」のような、俗語/ミームの登場と普及は、媒体管理者によって表現内容が事前審査されることなく一般人が自由に発信することができ、その内容を社会全体で(急速に)共有・消費することができるようなSNSの登場を待つ必要があったはずです。

 このようにインターネット(特にSNS)を前提条件として「令和ちゃん」は誕生したと考えられますが、しかし、これだけでは十分ではなく、その他の要因が不可欠だったと思われます。つまり、たとえば昭和から平成への改元の際にSNSが存在したとしても、「平成ちゃん」は誕生しなかったと思われます。私の印象としては、「令和ちゃん」が誕生したのは、平成から令和への改元が「天皇生前退位」に伴って行われたことに強く影響されていると感じます。具体的には、「令和ちゃん」が誕生した生前退位の副作用として、以下の3点を指摘できるかと思います。

 

生前退位の副作用①――めでたい改元

 一般に、平成から令和への改元は、めでたいものポジティブなものと受け止められています。これは、昭和から平成への改元のように天皇崩御に伴う改元ではなく、天皇が健在のまま生前退位に伴って改元が行われたからにほかなりません。

 仮に、天皇崩御に伴う改元に際して「令和ちゃん」が誕生したとしたら、(刑罰法規としては既に存在しないものの)社会的な「不敬罪」あるいは「不謹慎警察」のために、「令和ちゃん」の誕生は歓迎されなかった可能性が高いと思われます。

 このように、改元に際する上皇陛下の健在は、「令和ちゃん」誕生に対する社会的抑圧を払拭する要因となったと思われます。

 

生前退位の副作用②――「平成天皇」「令和天皇」の不在

 天皇生前退位は、「平成天皇」「令和天皇」の不在をもたらしました。一般に、存命中の天皇に対して「元号天皇」(たとえば今上天皇に対する「令和天皇」)と呼ぶことは、不敬とされています。「元号天皇」の呼称は、諡号追号(死後におくられる称号)に該当するためです。

 したがって、(現時点では)平成期の天皇(昭仁天皇、現上皇)が「平成天皇」と呼ばれることはありませんし、令和期の天皇徳仁天皇今上天皇)が「令和天皇」と呼ばれることもありません。特に、平成から令和への改元に際しては、平成期の天皇生前退位し、「平成天皇」ではなく「上皇」と呼ばれるようになったため、当代の元号(令和)のみならず先代の元号(平成)についても、天皇の呼称と組み合わせられていません。この点は、昭和から平成への改元の際とは大きく異なります。

 以上のように、令和改元後の「令和」と「平成」については、「令和天皇」のみならず「平成天皇」までもが禁止・忌避されるために、天皇元号の結びつきが希薄化したものと見受けられます。そして、その結果として、元号から真っ先に想起されるべき人物として各天皇に思い至らなくなった人々が増え、脱天皇化された元号から「令和ちゃん」などの擬人化キャラクターが誕生したのだと思われます。

 

生前退位の副作用③――改元の神聖性の低下

 現代天皇制においては、改元は一世一元の下で行われます。つまり、天皇崩御元号の終期(改元)が同タイミングになります。このように、元号天皇の寿命と密接に結びつくと――「天寿」「天命」という言葉が存在することからも伺えるように――、「死」と連結された改元は、ある種の神性、神聖性、あるいは「天の意思」のような性格を帯びるようになります。そうすると、「死」に対する人々の一般的な倫理観の発露として、改元や新元号には一定の不可侵性が生まれ、「令和ちゃん」のような擬人化が行われにくい状況になるものと思われます。「死者を悪く言うな」は一般人の死に対してよく言われることですが、日本において最も権威ある存在たる天皇崩御であれば、神聖性・不可侵性の磁場は崩御それ自体だけでなく、崩御に伴う改元にまで及ぶでしょう。

 しかしながら、以上のような改元の神聖性・不可侵性は、昭和から平成への改元までにしか当てはまりません。平成から令和への改元は、従前とは状況がまったく異なりました。上皇陛下の生前退位の意向がスクープされると、ネット上では元号予想が始まり、マスメディアも政府の改元体制や改元スケジュールについて積極的に報道していました。

 このような状況においては、そもそも生前退位が人為的なものであるために、改元の人為性――「天の意思」ではなく「人の意思」によって行われる性格――が強調される結果となりました。ここでは改元の神聖性・不可侵性が相当に低下しているため、多くの人々が「令和ちゃん」の誕生に際して不敬・不謹慎の念を抱かなかったのだと思われます。

 

 

まとめ

 以上をまとめると、インターネット時代において、明治維新以降前例のない生前退位に伴って令和への改元が行われたためにこそ、その副作用として「令和ちゃん」が誕生したのだと思われます。仮に、今後の改元崩御に伴って行われる場合、新元号の擬人化は、(一切行われないとは思いませんが)少なくとも改元直後は「令和ちゃん」レベルの規模では行われないと思います。また、上皇天皇崩御した際に、(たとえば「令和ちゃん、さようなら」のようなコメントによって)擬人化キャラクターを持ち出すことにより、崩御した天皇元号の結びつきを希薄化させることは、(意識的にせよ無意識的にせよ)不敬・不謹慎として忌避されるのではないかと予想します。

 とはいえ、「令和ちゃん」という前例が一定の規模で生じた以上、今後の大勢としては、元号の擬人化は行われ続けると思われます。その場合、やはり元号の脱天皇化は進行することになりますが、これが現代の天皇制のあり方にどのような影響を与えるのか興味深く見守りたいと思います。

 

 ところで、現在「令和ちゃん」は少女(未就学児?)の姿で描かれることが多いのですが、さらに一部では自覚的に「令和ちゃん」の年齢を令和の年数に対応させているようです。つまり、令和4年になれば「令和ちゃん」は4歳になる、という計算になるようです。

 このような成長図式が界隈で共有されて「令和ちゃん」が令和の年数とともに年齢を重ねるのか、それともずっと成長しないままなのか、これからの「令和ちゃん」の成長具合にも要注目です。