彩藤アザミ『昭和少女探偵團』――戦前昭和レトロで百合なミステリーはいかがですか?
掘り出し物を見つけました! ここ1年で読んだライト文芸(キャラクター小説)の中で一番の作品です!!
アニメ化やドラマ化をきっかけに知ったのでもなく、誰かにおすすめされたから手に取ったのでもなく、書店に並んでいるのを見て、強く惹かれ、購入したのです。また、シリーズ第1作の発売が2018年12月と、刊行から日も浅いです。
これらの意味で、この作品は「掘り出し物」なのです!
(1)基本情報
『昭和少女探偵團』
著者:彩藤アザミ
レーベル:新潮文庫NEX(2019年10月現在既刊2巻)
シリーズ続刊:第2作『謎が解けたら、ごきげんよう』(新潮文庫NEX)
ジャンル:「本格ミステリ」「サスペンス」「昭和レトロ」「女学校」「百合」
和洋折衷文化が花開く昭和6年。女学校に通う花村茜と級友たちに怪文書が届いた。疑われた親友を庇う茜の耳に凛とした声が響く。――「やれ、アリバイがないのは僕も同じだぞ」。謎めいた才女・夏我目潮だった。鮮やかに事件を解決する彼女に惚れ込んだ茜は、天才で変人の丸川環も誘い、探偵團を結成するのだが。乙女の園で繰り広げられる昭和本格レトロ青春ミステリーここに登場!
〔裏表紙より〕
(2)あらすじ
この作品の語り手となるのは、花村茜(14歳)。
時は昭和6年。舞台となるのは、東京私立の高等女学校で、12歳~17歳の女子のための五年制のミッション・スクール。
ある日、教室で英語の授業を受けた後、音楽の授業のために茜らは音楽室へ移動していましたが、筆箱を忘れてしまった茜は友人と別れ一人で教室へ取りに戻ります。
しかし、その時、廊下の窓から校門に目を向けた茜はスクープを目撃したのです。
お嬢様学校においてまるで男子のような喋り方と態度を貫き、周囲と距離をとって孤立しているクラスメイト、夏我目潮(なつがめう・しお)が、若くて美形の軍人と親しげにしているではありませんか!
思わぬスキャンダルにドキドキした茜は思わず玄関から校門の様子を伺います。すると茜は二人に見つかってしまったのですが、その軍人が潮とは兄弟姉妹の関係(「芳兄さま」)にあることが判明します。
この出来事のおかげで少しは潮と仲良くなれて上機嫌の茜ですが、音楽の授業が終わって教室に帰ってきたら驚くべき出来事が待っていました。
茜の机の中に「貴女の重大な秘密を知っています」と書かれた手紙が入っているではありませんか! しかもその文の下には、フランス語で何か書かれているようなのです。
翌日、「重大な秘密」とは裏腹に、噂からあることが判明します。すなわち、茜を含む2年1組の窓際の席の、寒河江加寿子以外全員(4人)に、同じ内容の怪文書が届いていたというのです。
すると、茜が犯人でないかと疑われてしまいます。そうです。茜は音楽の授業の前、一人で教室に戻った姿をクラスメイトに目撃されていたのです。
ところが、「やれ、馬鹿らしいな。アリバイなら僕もないぞ」と潮から助け船が出されました。潮は茜と同じく自身にもアリバイがないことを主張したのです。――本当は、茜は廊下から校門にいる茜を目撃し、玄関で会って、一緒に教室へ戻り(その時にはまだ手紙はなかった)、一緒に音楽室へ行ったのです。そして潮が茜より後に教室に戻ってきたということは、茜は潮のアリバイを証言できるのです。――どうやらあの軍人との関係が兄弟姉妹だというのは嘘で、潮はあの逢瀬のことについて皆の前で言われたくないようです。
そして放課後、クラスメイトの前で「あらかた目星はついている」と啖呵を切った潮の推理を聞くため、茜は友人の加寿子と連れ立って音楽室へ行きました……。
……とまあ、潮のおかげで謎は解明されるのですが、翌朝、茜は「今、夏我目さんと特別に仲良くなりたいと思っているんだもの」「他の誰でもなく、夏我目さんだから、力になりたいって思ったのよ」「これっきり話をする機会がなくなるなんてさみしい」と、潮に探偵団結成を呼び掛けます。これに対して潮は、愛らしい容姿と人懐っこい性格(要するに人たらし)の茜に押し切られてしまいます。
こうして、昭和少女探偵団の物語が始まるのです。
(3)おすすめポイント――昭和レトロで百合なミステリー
1.昭和レトロな雰囲気と筆致に心酔せよ!
この令和の時代に新人作家(1989年生まれ、2014年デビュー)の作品から、昭和レトロな雰囲気と筆致を堪能できるとは思いませんでした。
少し引用するのでとりあえず読んでみてください。第1作『昭和少女探偵團』の第1話「少女探偵ごきげんよう」で、茜が怪文書を発見するシーンです。
席へ着き、お道具をしまおうとして、机の上に何かが入っていることに気がついた。
手元へ引き寄せると、それは真白い二つ折りにされた便箋。封筒はない。
(お手紙?)
開いてすぐ、目に飛び込んできた文字にぎょっとする。
――貴女の重大な秘密を知っています。
短い一文の下には、走り書きのような筆記体の文字が並んでいた。読もうとしたがすぐに断念する。癖の強いせいか、文字はアルファベットの判読すら難しいほどに乱れてまるで読めなかった(わたしの勉強不足のせいではない!)。
周りに見られていないかしら、と不安に駆られて顔を上げると、次の授業の先生が教室へ入ってくるところだった。
心臓がじわじわと鼓動をあげていく。
わたしの秘密……? 「重大な秘密」!?
恐怖と羞恥に鉛筆を握る手がわなわなと震えだした。
日記に書いた国語の先生への文句のことかしら? いや、そんなつまらないことのはずはない。二年前、阪神急行電鉄に「宝塚少女歌劇団に入りたい」と手紙を書いたことかしら(結局お父さまに見つかってからかわれたから出さなかった。あぁ、どうして入団できると思ったのか、穴があったら入りたい)。
何故!? 重大な秘密とはいったい!
放課がこれほど待ち遠しかったことはない。
ずっと上の空で座り続け、悩んだ末に出した結論は「加寿子さんに相談する」というものだった。帰り支度をする彼女を呼び止め、カーテンの裏に引っ張り込んで手紙を見せると、加寿子さんも目を丸くした。
「これは?」
「教室移動から帰ってきたら机に入っていてよ、ねぇ、下の汚い英語読める?」
「汚いって、確かに読みづらいけれど、これ英語じゃないわ。仏蘭西語じゃなくって? アクサン記号がついている」
加寿子さんは文字の上の点を指差した。
「わかるのね! あなたに相談して正解だったわ、なんて書いてあるの?」
「そこまではわからないわよ。差出人の名前はないのね……」
髪を裏返して見たり、と彼女は丹念に調べてみてくれたが他に手掛かりはなさそうだった。
「どうしましょう、困ったわ。君が悪い」
溜息を吐くと、加寿子さんは元通りに折り直して手紙を返してきた。
「誰か読める人に教えてもらうしかないんじゃなくて? ミス・バルドオとか」
「何が書いてあるのかわからないのよ。恥ずかしいことが書いてあるかもしれないわ……」
宝塚のこととか。
「そうねぇ。なんだってこんな手紙……、きっといたずらよ、放っておきましょう」
「それも恐いわぁ、このままじゃ夜も眠れなくってよ!」
読んで分かるように、昭和レトロな世界観に合致するように、いわゆる「お嬢様言葉」が使われています。
「お嬢様言葉」それ自体は、現代を舞台とするアニメやラノベにおいても、お嬢様キャラの女の子が頻繁に使っていますが、そこでの用法はむしろキャラ付け=他のキャラとの差異化のためです。
しかし、戦前昭和の女学校を舞台とする『昭和少女探偵團』におけるお嬢様言葉は、むしろここの女学生たちにとってはスタンダードなのです。キャラ付けのために使われない、日常会話として使われるお嬢様言葉にこんなに感動するとは思いませんでした!!
(加えて言えば、お嬢様言葉を話すキャラクターはツンデレやキツめの性格が割り振られていることが多々ありますが、本作における茜はむしろ人懐っこい性格なのです!!)
その他にも、戦前昭和のことがきちんと調べられているのだろうなあと思われる描写が多々あります。とにかく、戦前昭和レトロな雰囲気を堪能できるのです!!
2.まごうことなき百合小説! そしてミステリー!!
この作品のキャッチコピーは「昭和本格レトロ青春ミステリー」のようですが、ここには明らかに「百合」という要素が抜けています(これを前面に出した方が、売り上げがアップするのではないでしょうか?)
間違いなく百合作品である証左として、第2作『謎が解けたら、ごきげんよう』の第2話「すみれ色の憂鬱」における、見知らぬ足音を察知して茜や潮ら4人が教会内の懺悔室に隠れたシーンを引用します。懺悔室は格子で仕切られた窓を挟んだ二つの部屋(公衆電話ほどの大きさでそれぞれに出入りするドアが付いている)からなる構造をしており、一つには櫻子と環が、もう一つには茜と潮が隠れています。
何? と思った瞬間、わたしも懺悔室へ引き込まれた。
「ひゃっ!」
「静かに」
ドアーが閉まる。格子の向こうの部屋には櫻子さんと環さんが隠れたのがわかった。わたしは潮さんに摑まって体勢を整えながら囁き声で尋ねた。
「何?」
暗がりの中、抱き合うような格好で心臓が混乱していた。ゆっくりと小部屋から誰かが出てきた音。
潮さんは静かに腕をほどき、懺悔室の扉を細く開けて顔を押し付けた。固まるわたしに、一寸振り向いて囁く。
「誰が出てくるか見るんだよ」
わたしは驚いたやら、恥ずかしいやら、それから少し悔しいやらで、潮さんの上に負ぶさるようにして一緒に外を覗いた。不満げに細い背中がもぞもぞ動くが、構わず体重をかける。乙女とはさっぱりと喧嘩をする男子と違って、ねちねち仕返しをする生き物なのだ。
この場面から感じるものがありませんでしたか? ちょうどラブコメ作品において主人公の男の子とヒロインがロッカーに隠れるシーンと同じではありませんか?
愛らしい容姿と人懐っこい性格を持つ花村茜と、お嬢様学校においてまるで男子のような喋り方と態度を貫く夏我目潮。この二人の関係性に要注目です。
また、戦前昭和の女学校が舞台なだけあって、「エス」をテーマにしたエピソードもあります。
「エス」(sisterの頭文字)とは、『マリア様がみてる』のような姉妹(スール)制度の古い呼び方で、戦前に実在した慣習です。つまり、上級生と下級生が姉妹のように親密に付き合う関係を「エス」というのです。
上で引用したエピソードはまさに、茜の親友の加寿子とそのお姉さまの櫻子の関係性がテーマとなっていますので、ご期待ください。
さて、ここまで「百合」ということを強調してきましたが、メインキャラクターの2人が恋愛関係でも姉妹(エス)関係でもないので、むしろ「微百合」(=女の子同士の友人関係の枠を出ない)とでも言う方が正確なのかしれません。その意味ではこの作品は、あくまでミステリーをメインとする小説なのです。
とはいえ、この作品は「広義のミステリー」であり、「本格ミステリ(狭義のミステリー)」と「サスペンス(冒険譚)」が入り混じっています。
第1作の第1話「少女探偵ごきげんよう」、同第2話「ドツペルゲンゲルスタイルブツク」、第2作の第1話「雨傘のランデ・ブー」、同第3話「群靑に白煙」は、本格ミステリの色彩の強いエピソードです。特に、最前者と最後者は、当時の時代背景にかかわるトリック/ロジックなだけに、まさにこの作品ならではという感じです。
反対に、第1作の第3・4話「満月を撃ち落とした男」、第2作の第2話「すみれ色の憂鬱」、同第4話「D坂の見世物小屋」は、どちらかというとサスペンス(冒険譚)の色彩が強いエピソードです。いずれのエピソードも、(私自身はその時代に生きていないので正確なことは言えませんが)戦前昭和の世界観を堪能できるものとなっております。
彩藤アザミ先生には、続刊を非常に楽しみにしていることをこの場でお伝えしておきます(ご本人に伝わるかは分かりませんが)。
(4)関連おすすめ作品
最後に、『昭和少女探偵團』『謎が解けたら、ごきげんよう』を読み終わり、続刊を待てないあなたに「微百合ミステリー」のおすすめ作品を1つだけ紹介します(昭和レトロという要素はありませんが、悪しからず)。
それというのは、石持浅海『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』(祥伝社文庫)です。この作品は、『扉は閉ざされたまま』(祥伝社文庫)から始まる「碓氷優佳」シリーズの第4作です。が、作中時系列はこの作品が一番最初なので(シリーズの探偵役である優佳の若き日を描いた作品です)、『わたしたちが~』から読み始めても問題ありません。連作短編集なのでミステリ初心者も読みやすいかと思われます。
舞台となるのは女子高で、高校生時代の優佳の探偵っぷりがクラスメイトの上杉小春の視点から描かれます。「微百合ミステリー」とは言っていますが、全体を通してどちらかというとミステリー要素強めです。しかし、第4話「握られた手」は、真正面から「百合」を題材としています。とある二人のクラスメイトがいつも仲睦まじそうに手を握り合っているのですが、ここには意外な真相があり……?
いつか(できれば年内に)、「おすすめ百合小説10選」みたいな記事を書くのでお楽しみに!!