『かげきしょうじょ!!』第10巻の感想・考察――愛の成長、さらさの課題、杏の疑惑、エレナの悩み
この記事は、斉木久美子『かげきしょうじょ!!』第10巻(2020年11月5日発売)の感想・考察を書き連ねた記事です(過去記事はこちら)。ネタバレにはご注意ください!
奈良田愛の成長と渡辺さらさの課題
男役か娘役か――団体行動をめぐって
第9巻では愛は娘役だけでなく男役も視野に入れることを決心しましたが、いざ授業となると団体行動という言葉が愛を縛って、オルフェウス(男役)を試してみたいと言い出せませんでした(10巻31幕)。
そこで「性転換もアリでしょうか?」と愛に助け船を出したのは、さらさでした。さらさは授業後、愛が男役も試してみたいと言い出したことについてこう語っています。
あとは焦りですかね。さらさは男役トップになりたいので。さらに強敵が現われたぞって。
でもライバルである前に、さらさ達は同じ夢を目指す仲間ですし。
紅華の舞台はひとりでは作れない。きっと、そのための団体責任・団体行動なんですよね。
このように行動と言葉を示したさらさは、愛が男役も視野に入れることを受け入れるとともに、愛が悩んでいた人間関係=団体行動がむしろ愛自身の背中を押すこともできると愛に気付かせたのです。
成長する奈良田愛
第10巻は、愛の成長する姿が多々見えました。
団体行動・団体責任について考える愛(31幕)、男役にチャレンジすると言った愛(31幕)、オルフェウスの役作りについて悩む愛(32幕)、伊賀エレナに対して先輩らしく振る舞う(が、あまり上手くできなかった)愛(32幕)、JPX時代のチームリーダーの気持ちを理解する愛(31幕)など、入学当初からすっかりと変わった愛の成長する姿を見られて、まるで叔父の奈良田太一先生(31幕45-46頁)のような気分になりました感泣
渡辺さらさの課題
授業でオルフェウス役を演じるようになってから、さらさは日常生活から自身の考えたオルフェウス像を実践していますね笑
アモーレ(愛する人)、mio angelo(俺の天使)、ti adoro(愛してる)、バンビーナ(赤ん坊)、a domani!(また明日!)、buona notte(おやすみ)、フォルツァ!(頑張れ!)、ペスカトーレ(スパゲッティの一種)……とイタリア語もペアの千秋に言いまくっていますし。
しかし、さらさとペアを組んで同室になってから千夏と呼び間違えられた千秋が「愛する妻の名前を間違えるなんて!」「結婚したとたん前カノの名前呼ばれた気分よ!!」と言ったのは言い得て妙ですね笑
さて、授業でのさらさ&千秋ペアの演技は、さらさが暴走し、千秋を置いてけぼりにしてしまいました(33幕)。さらさは天才型の主人公に分類されるタイプですが、思わぬところに落とし穴があるタイプでもあります。しかも今回の課題は、31幕で愛が悩んでいた団体責任・団体行動とちょうど同じ問題なのです。この課題をさらさはどう乗り越えてゆくのでしょうか?
ところで、私は個人的には、さらさの「エウリュディケの言うことは何でも聞いてあげたくなっちゃうオルフェウス」「明るくて愛の言葉を惜しまないスパダリ(スーパーダーリン)」と、千秋のそのままの性格の「我儘バンビーナ」「人に嫌な思いをさせない可愛い我儘」のエウリュディケは、かなり好きな役作り&組み合わせですね!
第9巻の答え合わせ――澄栖杏と伊賀エレナ
澄栖杏は紅華オタク?
第10巻でも相変わらず先輩のさらさに冷たい杏ですが、どうやら、さらさが冬組のトップスターの里見星と手をつないで走った大運動会を「たまたま」現場で見たようです(33幕99~100頁)。
第9巻の記事では、私は以下のような考察をしていました。
第28幕28頁以下の杏の様子を見れば、さらさとは過去に因縁があるようです。
たしかにさらさは100周年運動会で目立ったり文化祭のパンフレットに名前は載ったりしましたが、青田買いするファンや100期生の名前を全員覚えたエレナのように、先輩の名前をチェックするほど熱心ではない性格のようです。
だとすると、この場面で杏が「渡辺さらさ」とつぶやいたのは、やはり過去に何か因縁があったと見るべきではないでしょうか。もちろん、さらさの方は何も知らない様子ですが。
しかし、杏が超プレミアチケットの大運動会を見に来ていたということならば、実は杏が熱心な紅華オタクである可能性が急浮上してきました!!
しかも、実は杏はさらさの大ファンなのではないか、という疑惑も生じてきます!!! 全体として不自然とも言えるようなさらさに対するツンケンな態度は、ファンだとバレないようにするため(つまり「好き避け」)でしょうか?
今後のさらさと杏の関係性の展開が俄然気になってきましたね!
伊賀エレナの悩みと覚悟
第9巻の記事にて、私は以下のような考察をしていました。
エレナ初登場時の場面をよくよく振り返ってみると、エレナが遅刻した理由を不思議に思わなければなりません。
紅華歌劇音楽学校の寮は基本的に相部屋のはずです。すべて二人部屋であるとすれば、101期生は全40名で余りが出ないので、エレナにもルームメイトがいるはずです。そうだとすれば、(ルームメイトと共に遅刻するのではなくエレナだけが遅刻したということは)エレナはルームメイトに起こしてもらえなかった、ということになります。
ルームメイトがエレナを起こさなかった理由としては、まず、財閥令嬢に気後れしてしまい起こせなかった、という可能性が考えられます。しかし、他人に興味がないルームメイトがわざわざエレナを起こさなかった、という可能性も考えられます。
前者の可能性については、むしろ、起こさなかったことに対する財閥令嬢の報復(?)を恐れるのが人の心理であるため、こちらはなさそうな気がします。その一方で、後者の可能性については、これにピッタリと当てはまりそうな101期生がいます。そうです。エレナのルームメイトは澄栖杏ではないでしょうか。杏であれば、財閥令嬢であっても我関せずといった態度を貫き通しそうではありませんか? ただ、28幕36-37頁の伊賀エレナと澄栖杏の会話は、初対面のような感じで、あまりルームメイトっぽくないんですよね……。いずれにせよ、ルームメイトの情報は、第10巻以降で明らかになるかもしれません。
しかし、「友達ができない」「みんなから遠巻きにされている」という悩みがエレナにはあるらしいので(10巻32幕62-63頁)、ルームメイト(たぶん杏ではない)が財閥令嬢であるエレナに気後れして彼女を起こせなかったということになりそうです。
さて、第10巻の番外編は「財閥令嬢・伊賀エレナ編」でしたが、紅華を受験するに際してエレナにはエレナなりの苦悩があったようです。
財閥令嬢という身分から特別扱いされることを懸念したエレナは、面接で思わず「どうか、私を、私だけを見てご判断下さい!」と言ってしまいます。ここに財閥令嬢ならではの彼女の苦悩が漏れ出ていますよね。
最終的に紅華に合格できたエレナは、蝶よ花よと彼女を見守ってきた兄に次のように覚悟を言い放ちます。
紅華は私にとって「成長の糧」ではございません。私は「素敵な女性」になるために紅華に入団したわけではないのです。
私にとっての紅華歌劇団は、お仕事です。血の滲むような努力を越えて、それを微塵も感じさせず、お客様に楽しませ夢を見て頂き、対価を得る、立派なお仕事なのです。そしてわたくしの出発点であり、最終地点です。
わたくしはわたくしの人生のすべてを紅華歌劇団にささげますわ!!
このようにエレナは、紅華に入学するにあたり覚悟を決めてきたのですが、しかし、入学後も周りの人間はエレナを財閥令嬢として扱ったままです。エレナの苦悩は解消されないままなのです。今後、どうなるのでしょうか?
ちょっと気になった小ネタ集
表紙に沢田千秋が初登場!
今回、初めて千秋が表紙に登場しましたね!
さらさと愛のほかに単行本の表紙に登場したのは、オーディションでジュリエット役を勝ち取った山田彩子(6巻)、ティボルト役のオーディションでさらさに敗れた杉本紗和(7巻)、祖父のことで悩むさらさを激励する白川暁也(8巻)、そして授業でさらさとペアを組むことになった沢田千秋(10巻)です!
この4人はいずれもその巻で注目を集めた人物です。しかし、ということは、第11巻の表紙は……? 奈良田愛&沢田千夏ペアはまだ作中で演技を披露しておらず、次巻はその場面から始まると思われますので、第11巻の表紙はこの2人の可能性が高いと思われます。(追記:正解していました!)
そういえば、第10巻の私の印象に残ったコマは、さらさに千夏と間違えられた千秋が「最低!!」と言ったときの表情です!(33幕91頁)
さらさのサイン
さらさがオルフェウスのキャラクターを考察したノートですが(31幕28頁)、そこには、オルフェウスのキャラ考察以外にも、さらさのサインが書いてありましたね!
紅華デビューするとなれば本名は用いず芸名を名乗ることになるため、このサインは将来的に役には立ちませんが、それでも書いてしまうところがさらさらしく見えました。
Reborn
31幕には、高木先生の印象的な言葉がありましたね!
「Reborn.毎公演、役とともに生き、そして新たに生き返れ」
ここで思い出すのは紅華乙女の魂です。第8巻の記事でも書きましたが、過去にも似たようなセリフが登場しているのです。
一つ目の熱いセリフは、ティボルト役を失敗した愛に向けてさらさが言った「失敗したって、また何度でも蘇りましょう!」です(8巻27幕142頁)。
そして、このセリフに勇気づけられた愛は、文化祭の失敗を気遣う安道先生に対して、「大丈夫です。失敗しても何度でも蘇りますんで」と宣言します(8巻27幕147頁)。
ところで、このセリフ、なんだか見覚えがありませんか? それもそのはず、第1巻に同様のセリフが登場しているのです!!
さらさと出会った国広先生が少年時代を回想したときのことです(1巻2幕73頁以下)。空襲で大劇場も台本もすべてが燃えて無くなってしまったとき、国広少年に対して「白薔薇のプリンス」こと櫻丘みやじが語った言葉です。
「全てが無くなってしまった。でもね少年よ。紅華は死なない、私が死なせない」
「何時の世も人々には夢が必要だ。この焼け野原を超えて行けるよう私はまた皆に夢をみせよう。皆がそう望むのなら、私達は死なない。私たちは何度でも蘇るだろう」
このセリフのことを国広先生はさらさに伝えていません。しかし、それにもかかわらず、さらさは同様のセリフを放ったのです! まさに紅華乙女の魂が隠然と受け継がれているのを感じませんか?
ここまで繰り返して「生まれ変わる」ことが強調されると、紅華乙女のあり方、ひいては本作品のテーマの核心がここにあるのではないかと感じてしまいます。
(追記)この点につき、公式ガイドブックで作者の斉木先生が言及していました(詳細は公式ガイドブックについての記事を参照)。
聖クラリス女学院
第10巻の番外編は「財閥令嬢・伊賀エレナ編」でしたが、エレナの通っていた聖クラリス女学院になんだかワクワクしませんでしたか?
庭園・薔薇園、お嬢様言葉、サロン、高等部生徒会にエレナを引き入れようとする海宝さま……
百合やスール(姉妹制度)を彷彿とさせる要素が多すぎです! まるで『マリア様がみてる』のような世界観です! なんだか海宝さまを主人公にスピンオフを1冊読みたくなりました笑
第8巻・第9巻・第11巻・第12巻の記事はこちらから!