アニメ「ランウェイで笑って」第7話の感想・考察――千雪の本気、心の本気
この記事は、アニメ「ランウェイで笑って」の第7話の感想記事です。ネタバレにはご注意ください。
第6話の感想記事はこちらから!
0.基本情報
原作:猪ノ谷言葉『ランウェイで笑って』(既刊14巻、週刊少年マガジンで連載中)
アニメーション制作:Ezo’la
監督:長山延好
TVアニメ公式HP:https://runway-anime.com/
ミルネージュ公式HP:https://milleneige.com/#(新衣装登場!)
原作漫画試し読み:https://pocket.shonenmagazine.com/episode/13932016480029113175
アニメ第7話「存在感(オーラ)」
相当する原作のエピソード:第4巻第25話「心の支え」、第26話「弱虫の決意」、第5巻第37話「存在感(オーラ)」、第38話「業界の宝」、第39話「大人の仕事」、第40話「憧れと才能と手段と」、第6巻第41話「忍び寄る魔の手」、第42話「君は何になりたいの?」、第43話「頑張り屋さん」、第44話「優先順位のお話」
ようやく勝ち取った雑誌撮影の仕事に訪れた千雪は、そこで出会った高身長のモデルの存在感に圧倒されてしまう。それは、本当はデザイナー志望であり、嫌々ながらモデルの仕事をこなす心だった。打ちひしがれた千雪は帰り道、マネージャーに「モデルを辞めたい」と訴える心の姿を見てしまい……。
1.「存在感(オーラ)」について
ついに、藤戸千雪と長谷川心が邂逅しました。初見こそ圧倒された千雪は、すぐに立ち直り自信を持って撮影に臨むことになります。しかし、撮影衣装に着替えた心に千雪は再び圧倒されたのでした。
アニメではやや足りないところがあったので、ここでは原作ベースで「存在感(オーラ)」について解説してゆきたいと思います。
まず、千雪の回想場面にて雫さんは千雪とこのような会話をします。
雫「胸を張りなさい。千雪、モデルに必要なものって何?」
千雪「身ちょ――」
雫「違う。〔モデルに必要なのは〕『存在感(オーラ)』。身長はあくまで“オーラ”を放つ最大のツールでしかない。だから千雪、胸を張って! 手の先、足の先まで神経集中! 瞳に魂込めなさい! 腑抜けたオーラで相手できるほど高身長モデルは甘くないわよ!」
これを思い出した千雪は、雫さんの教え通りに姿勢を正して心に挨拶を行い、細かなところまで気を配って撮影の準備に取り掛かります。
そんな中、他のモデルたちが心に対する妬み嫉みを話しているのが千雪の耳に入ります(モデルにしては肉が多いとか、事務所社長と枕営業してるとか……)。ここで千雪はもう一度雫さんの言葉を思い出します。
雫「千雪……じゃあ“存在感(オーラ)”が出る2つの場所、どこか分かる? ひとつは身体(スタイル)。姿勢、仕草、身長から放出される」
千雪「もうひとつって何……雫さん?」
雫「もうひとつは……ね、〔胸に手をあてながら〕“ここ”。自信っていう“気持ち(ハート)”から滲み出るの。心から溢れ出るの。だからね、千雪。当たり前だけど、何かに挑戦してたら悔しいことも辛いこともある。ましてやモデルの世界。いじめや足の引っ張り合いだって珍しくない。だからこそ相手を貶めない。相手をけなすことで安心する、そんな自分を正当化するための貶めからは自信は生まれない。そんなモデルの心からは存在感(オーラ)は出ない」
雫さんの言葉を胸に、千雪は「自信」を持って、つまり心を貶めていた周りのモデルとは違うんだという気概を持って撮影に臨みました。ところが……長谷川心の登場で場の空気は一変しました。
撮影後に千雪は長谷川心のオーラについてこう振り返っています(原作第5巻第38話)。
すごいモデルっているもんだなぁ。今まで何人か見てきたけど……でも、あの人は異質……。目が、何というか……冷たい。心を閉ざしているみたいな、魂が宿らない瞳。逆にそれが異質な空気になってる。
また、カメラマンの美和さんは、長谷川心についてこう表現しています(原作第5巻第39話)。
長谷川心ちゃんは、スイッチが入ると、空気が止まるんだよね。喉元に刃物を突き付けられて、「今、この瞬間は音を立てるな。動くな。」って言われてる気分に私はなった。バチバチの激しい存在感(オーラ)を出す子は結構いるんだけどね、ああいう静かで鋭いのは初めてだったかも。
この2人の感想からは次のことが言えそうです。すなわち、他人を貶めることではオーラは生まれないが、しかし、長谷川心は自分自身を貶めることによってオーラを生み出している、と。デザイナーになりたいという夢を持ったままモデルの仕事をしている負い目が彼女のオーラを生み出しているのです。まさに「負のオーラ」です。
そして、高身長と負のオーラを持った長谷川心の強い存在感に、低身長かつ長谷川心のような独特のオーラも出せなかった千雪は圧倒されてしまった上、撮影から外されたのです。
そんな失意の千雪は、「貶めからは自信は生まれない」という雫さんの教えにもかかわらず、思わず「わたしは心のどこかでまだ――思ってたんだ。同じ舞台に立ちさえすれば戦えるって。東京ファッションウィークで拍手をもらえたから、相手がどれだけスタイルが良かろうが勝負はできるって。――ちがった。わたしじゃ――同じ舞台にすら上げてもらえない」「身体に傷を作らないのはモデルの初歩の初歩でしょ。本気でやってよ。真面目にやってよ。あなたの場所に立ちたいモデルは山ほどいるのに、立ちたくても立てないモデルがいるのに、立たせて……もらえないモデル……だって。なのに、なんで、なんで、なんで――」と泣きそうになってしまいました。
2.千雪の本気、心の本気
撮影後、心はマネージャーの五十嵐にお願いをしました。
心「こういうの、もうやめてください」
五十嵐「気にしなくていい。才能あるやつが勝って、ないやつが負ける」
心「嫌なんです。私のせいで辛い思いする人がいるの。お願いします! モデルを辞めさせてください!」
五十嵐「それは、『自分のせいで蹴落とされる人間がいる』ということに耐えられないって意味か?」
心「そういう……わけじゃ……」
ここで2人の会話を聞いていた千雪が心を問い質します。
千雪「それって、私のせい? 私を見て可哀そうだと思ったってこと? ふざけないでよ! あなたに同情される筋合いはない! あなたがどんな思いでモデルをやってるかなんて知らないけど、こっちは本気でやってる! なのに、私の覚悟をなんだと……!」
「私のせいで辛い思いする人がいるのが嫌」という心の言葉は、たしかに千雪の本気を軽んじる発言でした。千雪は本気でモデルをやっているからこそ、“落とされる”ことも“外される”ことも、覚悟しているのです。本気でモデルをやっているなら自身の責任として千雪が背負うべきことを、心がまるで自分の責任のように感じ、モデルを辞めるための口実に使うのは、千雪としては許せないのです。
そんな「千雪の本気」に触発された心は、五十嵐にこう宣言します。「五十嵐さん、モデルを辞めさせてください!」「私は本気で服を作る人になりたいんです!」と。「千雪の本気」によって、心は「デザイナーになるという夢」についての本気を思い起こしたのです。しかし、五十嵐はそれを認めず……。
3.五十嵐優について
ここでは、原作を織り交ぜながら、心のマネージャーである五十嵐優について掘り下げてゆきたいと思います。
さて、長谷川心の決意にもかかわらず、五十嵐は「ダメだ。人は才のある場所で活躍すれば幸せになれる。何度だって言う。お前の体はモデル界の宝。服飾界で腐らせるのは私が許さん」と返します。
その後、五十嵐はバーにて過去を振り返ります。
向いていない人間が選べる選択肢は3つだけ。諦めるか、正々堂々ぶつかって砕け散るか、しがみついて手段を選ばず夢をつかむか。〔私は〕そうして手に入れた。
嬉しい……。あこがれ続けたラーレフォーン〔イギリスの老舗ブランド〕のショーなんだ。嬉しいに決まってる。そのはずだったのに……
モデル時代に168cmまでしか身長が伸びなかった五十嵐は、後ろ暗い手段で憧れのショーに出ましたが、そこの景色は奇麗だとは思えませんでした。結局、彼女は、「“向いている場所”で居場所を見つけるしか幸せはなかったんだよ」と結論づけ、マネージャーに転職しました。
そして五十嵐は、現在の長谷川心が選択の分岐に立っていると吐露します。「妥協して服飾界の小さなところに収まる……なら、もっと早い段階で妥協してモデル界に来るべきだ」「だってヤツはモデルとして天才だ。同じ不幸なら最も幸せなところで不幸になればいい」とまで言うのです。
それに比して千雪については、「千雪の向いていない世界でかむしゃらに頑張ってる姿が、昔の自分とかぶる?」と問われると、五十嵐は「あれは向いていないんじゃない、終わってるんだ! 私は、手段を選ばず夢をつかんで幸せになれなかった。結局、自分が向いている場所で居場所を見つけるしかなかったんだよ」「人はやれることしかやれないんだ。お前もあのチビに引導を渡してやれ」と雫に言うのです。
以上のことから五十嵐優の人生観が分かります。要約すれば、「人が幸せになれるのは向いている場所だけ。向いていない人は早々に諦め、別のところで向いている場所を見つけるべきだ」というものです。五十嵐はこの人生観に従って、マネージャーとして彼女に厳しく接し、また千雪はモデルを諦めるべきだと雫に言うのです。彼女の人生観は、一理あるどころか現実主義的で説得力があります。五十嵐はただの嫌な人なんかではありません。
ちなみに、アニメでは省略された五十嵐と雫の過去(モデル時代)については、原作第5巻第40話をご覧ください。
4.支えてくれる人
柳田に最終チェックを頼まれた心は、失敗をしてしまいました。チェックしたにもかかわらず、まち針が2本も残っていたのです。「こんなガキでもできるような作業でミスりやがって」「さっさと帰れ! 迷惑だ!」と柳田に言われた心は玄関に向かいます。
しかし、そんな心を育人は引き止めます。ここで育人が行動を起こしたのは、自分にも同じ経験があったからです。
初めて柳田のアトリエに訪れた際、育人も柳田に追い出されそうになりました(第2話)。そこで帰りそうになった育人を引き止め背中を押してくれたのは千雪でした。育人には支えてくれる人がいたのです。
しかし、今回の心には支えてくれる人はいません。育人を除いていないのです。だから、今度は自分が支える番だと気付いた育人は心を引き止めたのです(原作第4巻第25話参照)。
育人に支えられて戻ってきた心による謝罪と、育人による説得によって、柳田はようやく許してくれました。それどころか、「実力がない人間がやらなきゃいけないことは2つだけだ。実力を上げることと、できる仕事を全力でやること。それと2次予選ちゃんと通過しろ。じゃなきゃお前を使ってる俺が恥をかく」と、アドレスと激励までくれたのです。オジサンのツンデレも良いものです。
ちなみに、柳田がデザイン専門で自分では縫えず、厚手の手袋をしてまち針を抜いたのは、初めてのミシンで指に縫い目ができたトラウマからです(笑)
5.デザイナーとパタンナー
綾野遠は、芸華祭のショーに挑む自身のチームに、パタンナーとして育人を招こうとしました。
ここで、柳田の言葉を借りながら、パタンナーの仕事について振り返りをしておきます(原作第6巻第41話)。
パタンナーは、簡単に言うと“デザインを作れる服にする”仕事だ。
デザイナーのデザインは基本的に“絵”で上がってくる。作り方なんか考えずにな。コレクションに出すようなブランドだと、「は? これどうやって作んだ」なんてもんもザラだ。それをパタンナーは自身の経験と知識をフル活用し、素材選び、縫い方、糸の種類、アイロンのかけ方、ひとつでもずれれば再現できない独創的なデザインを、パズルのようにひとつひとつ繋ぎ合わせて現物化する。一流のパタンナーは一流のデザイナーよりも貴重。そう言われるほど価値がある存在だ。
ただ、おかっぱ。パタンナーはどこまで行ってもパタンナーだ。デザイナー主導は変わらん。お前が前に言った野望、その野望を果たせるのはどっちだ? ブレるな。
こうした柳田の教えのおかげもあってか、育人はきちんと遠の誘いを断ることができました。
ちなみに、育人のパタンナーとしての才能は既に第4話にて言及されていましたね。
6.長谷川心の2次予選の合否について
実は、原作では、長谷川心は2次予選に通過できませんでした(第6巻第43話~第44話)。
こう書くと、「まさかここに来てオリジナル展開か?」と思われるかもしれませんが、そういう訳ではありません。
心が2次予選で落ちたことを知った後、彼女の頑張りが報われてほしいと思った育人は心に対して、自分のチームに加わって一緒に本選に出ないかと提案します。
このとき2人は、「2次予選に合格しても別の予選通過者とチームを組む人が何人かいるため、その人が辞退した分だけ枠が余り、心にも追加合格の可能性がある」と遠から教えられます。
育人の誘いと追加合格の可能性の間で揺れる心でしたが、彼女の下した結論は厳しい方でした。育人と一緒ではマネージャーは自分の“本気”を認めてくれないと考え、育人の誘いを断ったのです。そしてその後、心はその枠に見事追加合格したのです!
このような原作の流れを見ると、なんとも迂遠なような気がするかもしれませんが、しかし長谷川心の“本気”が試された展開だったのです。
さて、次回は、第8話「デザイナーの器」です。容体の悪化した育人の母親はいったいどうなるのでしょうか? 育人は手術費用を工面できるのでしょうか?
第8話の記事はこちらからどうぞ!