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異世界転生系ラノベのアイデアを考えたので誰か書きませんか?(後編)――「宗教」で型を破れ!!

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セカイ系

 

この記事は、昨日公開した記事の続編となっています。異世界転生系ラノベのアイデアを考えたので誰か書きませんか?」の前後編あわせた全体の目次は以下の通りです。

(1)異世界転生ファンタジーにおける「型」と「その破り方」

(2)メタ方面における「型破り」の可能性

(3)具体的アイデア

(4)おわりに

 

(1)(2)前編の記事(下記リンク参照)に、(3)(4)後編の記事に載せています。前編を読まなくても後編の趣旨は理解できると思いますが、読んで頂ければ管理人は喜びます!!

irohat.hatenablog.com

 

 

(3)具体的アイデア

 

さて、(1)(2)と、前置きが長くなりましたが、ここで提案して誰かに小説化してもらいたい異世界転生系ラノベのアイデアとは、この「メタ方面への型破り」に属するものです。

 

しかし、「作家である主人公が小説世界に入り込み、その世界を書き直してゆく」という手法は『異セカイ系』で既に使われてしまいました。そのため、(異なるキャラ設定やストーリー展開であっても)同じ手法で書いたとしたら、二番煎じとなってしまいます。

 

そこで私が提案したいのは、異世界転生ファンタジー宗教視する現実世界」を舞台とする方法です。

 

とはいえ、これはまったく独自の観点に基づくものではありません。異世界転生と宗教との関連性を指摘する声は既にあります。たとえば、以下のサイトで言及されています。

p-shirokuma.hatenadiary.com

sinkingdays.blog.fc2.com

 

しかし、彼らはそれをテーマとして小説化しようとする気はないようです。とすれば、ここが狙い目ではないでしょうか?

 

もっとも、実は「異世界転生ファンタジーを宗教視する現実世界」のアイデアは、小説投稿サイトでいくつか小説化されています(私がリサーチした限りでは、書籍化出版されているものはないと思います)。しかし、ざっと読む限り(2本しか見つけられなかったのですが)、ショートショート程度の分量で、しかもあまり設定が作り込まれていませんでした。

 

そこで、異世界転生ファンタジーを宗教視する現実世界」を舞台として、設定をきちんと作り込めば、面白いものができるのではないかと思ったのです(と、言うより、私自身がそういった小説を読みたいだけなのですが)。

 

それでは、ここにおける「作り込んだ設定」とは何か。それというのは、異世界転生ファンタジーにおける『型』『お約束』『あるある』を宗教化・教義化・体系化すること」です。

 

試みに具体的に掘り下げてアイデアを出してみます(【注意!】ここから管理人の妄想が爆発します!ご笑覧ください!

 

①宗教化されるようになった経緯について

身近にありすぎると神聖さや特別さが薄れるため、異世界ファンタジーが現に小説化され続けている状況での宗教化は難しいと思います。ですので、異世界ファンタジーの興隆が終わってその書き手が絶滅して以降、つまり今から50~100年後くらいが舞台としては良いのではないでしょうか(しかし、こうなると少し近未来SF小説っぽくもなりますね)。

その時代においては、かつて興隆した異世界転生ファンタジーが見直されるようになり、実はこれは死後の世界を記録したものではないかと再解釈されます。そして、その異世界への転生を望む者たちがこれを宗教化し信仰するようになります

 

②宗教名について

いささか安直ですが、便宜上、異世界転生教(異転教)」と仮に名付けておきます。小説化するとすれば、もっと中二病方面でこだわった方が良いのかもしれません(たとえば、ゾロアスター教拝火教とも呼ばれています)。

 

聖典について

宗教であれば、「聖典」が必要になります。しかし、「ハイ・ファンタジーといえば『指輪物語』」「魔法学園ファンタジーといえば『ハリー・ポッター』」と言えるように、異世界転生ファンタジーというジャンルにおいて、唯一無二、空前絶後と言えるほどのカリスマ作品はないように思われます。

そこで取り得る策は二つあると思います。一つは、最初期の人気作品である川原礫ソードアート・オンライン』を聖典とする方法。もう一つは、聖典は存在するはずだが未だ発見されていない」という方法

小説化するにあたっては、このどちらかを選ばなければならないという訳ではありません。むしろ、それぞれを宗派として並存させた方が良いでしょう。すなわち、前者は「最初期の人気作品=聖典(第一聖典)」「生殺与奪の権が握られ現実世界への無事な帰還の可能性が制限された世界ならゲームであっても異世界と言って構わない」とする宗派(SAO派)とラベリングすることができます。それに対して後者は、「SAOは『ゲーム世界』を異世界としておりむしろ異端である。その一方で、聖典とすべき作品が発見されている訳でもない。ひとまずは、第二聖典を読解しこれの教義化を深めるべきである」と主張します(第一聖典の発見を目指すと同時に、第二聖典を通じて教義を研究することから、仮に「探究派」と名付けておきます)。

さて、何の断りもなしに「第一聖典」「第二聖典という言葉を使ってきましたが、これはイスラム教における「コーラン」と「ハーディス」の関係と同様です。つまり、第一聖典を教義の基礎としつつ、その解釈の補助として第二聖典が用いられるのです。SAO派においては、SAOが第一聖典、その影響を受けた後続の他作品が第二聖典と見なされます。反対に、探究派においては、SAOもその他の作品も等しく第二聖典に位置づけられ、第一聖典は未だ発見されていないという立場です。

ここまで、SAO派、探究派という二大宗派を作ってきましたが、他にも中堅宗派として「転スラ派」「賢孫派」などもあってよいと思います。また、探究派が第二聖典とみなす作品群を第一聖典とする宗派もありだと思います(複数の第一聖典を崇拝することから「複典派」と名付けておきます)。

 

④宗派対立、正統と異端について

③で挙げた聖典を巡る宗派対立のほか、細かいところではもっと「正統」と「異端」の紛争を繰り広げ得ると思います。たとえば、以下のような点において対立があるのではないでしょうか。

  • 転生(人格を維持した別の人物への生まれ変わり)だけでなく転移(人格も外見も維持する)も転生に含めるのか。
  • 最上の転生方法は何か(トラック事故か、通り魔か、など)。
  • 事故や他殺ではなく、自殺や老衰や病死で異世界に転生することはできるのか。
  • ゲーム世界も異世界に含めるのか。
  • 転生先は人間が正統にして最上なのか、魔王や魔物や剣などは異端なのか。
  • たとえ転生時にチート能力を授けられなくとも、少なくとも現世の知識でチートするために現世で研鑽を積んでおくべきか。
  • 異世界に転生して最強の能力を手に入れたのに、世界を救うことなくスローライフを送ることは許されるのか。
  • 主人公に惚れるべきヒロインは一人か複数か。

とりあえずいくつか挙げてみましたが、異世界転生ファンタジーには一定の「型」を基本として様々なバリエーションがありますので、上記以外にも数多くの論点を設定できると思います。

いずれにせよ、小説化するに際しては、③の宗派対立や④の正統と異端の対立をストーリーの軸にした方が書きやすいと思われます。

 

⑤主人公の立場について

その小説における主人公の立場は、様々なパターンが考えられると思います。たとえば、そもそも異転教の教徒か否か(教徒でない場合、他教徒か無宗教か)、教団の幹部なのか下っ端教徒なのか、一般社会で働いているのか聖職者として教団の中で働いているのか、家族や友人と同じ宗派か否か、などです。

 

⑥その他の点について

以上のアイデアを小説化するには、このほかに具体的なストーリー展開キャラ設定などについても詰めていく必要があります。しかし、これらの点については、思いつきませんでしたこの記事を読んでこのアイデアを小説化しようと思った奇特な方にお任せします。また、上記のアイデアはあくまでたたき台なので、改善の余地は大いにあると思います(特にSAOの位置づけが難しそうです)。

 

 

(4)おわりに

 

最後に、いくつか付言(もとい言い訳)させていただきます。

 

第一に、プロの作家でも編集者でも評論家でもないのに、ここまで偉そうに語ってきましたが(申し訳ございませんm(_ _)m)、もしかしたら私のリサーチ能力不足により、既に世に出されている同種の発案や小説を見落としているかもしれません(!)。その場合にはご容赦頂ければと思います。。。そのときにはお知らせ頂ければ助かります!

 

第二に、「独自性を出すには?」みたいなことを書きつつ、そのためのアイデアをこのような形でインターネットに公開するという、この矛盾する姿勢について違和感があるかもしれません。しかし、当ブログのアクセス数は(謙遜などではなく本当に)微々たるものですのでご安心ください。また、そもそも、これから小説を書こうとする人がこの記事を読んでこのアイデアを小説化させようと思うような事態が発生することに対しては、むしろ私自身が懐疑的です(その意味で、この記事は利他的なものと言うより、自分のアイデアを開陳して終わるだけの自己満足的なものです)。

 

第三に、私がこのアイデアを公開したのは、こんな小説を読みたい!という気持ちがあったからです。つまるところ、悪く言えば、この種の小説が新人賞をとったり人気になったりすることを(無責任かもしれませんが)私自身は保証しかねます。再び申し訳ございませんm(_ _)m その一方で、良く言えば、少なくとも私自身が既にファンなのでご安心(?)ください!!

 

 

この後編の記事を読んで、前編の記事を読みたくなった方は以下のリンクから読めます。

irohat.hatenablog.com

 

 2019年8月17日修正:SAOの位置づけに関する記述の趣旨をより明快にするため、一部加筆を行いました。